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PR Guy

2020年, インスタレーション(デジタルHD ビデオ、サウンド、紙にペン、ミラーフィルム他)

2020年の東京五輪を“盛り上げる”ための架空のプロパガンダ美術によって構成されたグループ展「2020年の栄光」にて展示。

聖火を模した煙の出るトーチを持った男が勝手に走る映像と、2020年東京五輪で聖火ランナーが走る予定だった地点を線で結んだドローイングを制作した。スピーカーからは、映画「炎のランナー」(1981年)のテーマ曲が、溜息混じりのやる気のない鼻歌となって時折流れてくる。メディアによって長きにわたり使い古されたこの楽曲は、スローモーションで人々が懸命に走る姿を想像させ、感動を押し付けるには最適なアクセサリーとも思える。台所の空間に紛れ込むように、モニタや映像内で使用したトーチなどを配置し、日常の風景の中にオリンピックの片鱗を落とし込もうと試みた。

聖火リレーは新型コロナウイルス感染拡大防止のため、ほぼ全ての地点で無観客開催を余儀なくされ、ネット中継などで視聴することを前提とされた。白い目隠しシートで会場を囲い、外からは見えないように開催された地域もあり、まるで神事のようにパフォーマンスが執り行われた。そのあり様は、観る側に想像力を要求する、より崇高で難解な儀式へと変貌していたように思う。

今回の東京五輪は当初、東日本大地震の「復興五輪」ということで、無駄なお金をかけないコンパクトな大会としてビジョンを掲げていたが、実際にはオリンピック史上最大規模の費用が投入され、「復興」という言葉もいつの間にか消え去っていた。聖火リレーのスタート地点であるJヴィレッジ(福島県楢葉町)はサッカー施設として知られているが、震災当時には東京電力福島第一原子力発電所事故の収束作業の前線基地ともなった場所だ。福島からのスタートは、復興をアピールするための政府のプロパガンダにすぎなかったが、テレビに映っていない大量の汚染水タンクはまだ片付いていない。

国にとって都合の悪い真実はメディアに映っていないことの方が多いが、人々は一体どんな気持ちで、その無意味な燈火を画面越しに見ていたのだろうか。

グループ展「2020年の栄光」(2020年)展示風景(会場:YUMI ADACHI CONTEMPORARY、撮影:間庭裕基)

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